登山道開通記念碑・・・
粟ヶ岳登山道を登っていき茶文字のくさかんむりを抜けた所のカーブの内側に記念碑が
建てられています。
山頂に無線中継所を建設するにあたり工事用道路として登山道が造られました。
粟ヶ岳の東側に登山道が造られたわけですが、当時は反対側の西側にも造られる計画も
出されていて、どちらにするか政争に発展したと伝えられています。
開通記念として登山道には桜の木が植えられ、それが今では桜の名所となるまでに変貌しました。

記念碑銘
日本電信電話公社が最高の科学技術を実用化し全国に極
超短波の無線通信を行ふため粟ヶ岳無線中継所建設の計
画を樹て昭和二十八年三月局舎並に登山道路の工を起す
東海電気通信局長辻畑順一氏工事を管理し株式会社間組
施工を請負い晝夜兼業にて工事を進め同年十二月短日月
を以て此の大事業の完成を見山容一変し最新文化の恵澤
に俗す又記念のため開設道路側に櫻樹を植え山頂に観光
施設を行ふ資金は篤志者の寄贈による併せて謝意を表す
当時村政に参与して吾等発起して茲に記念碑を建設す
東山村村長松浦誠一郎 収入役山城実太郎
議会議長 杉山一郎 副議長 松永林平
昭和二十八年十二月一日建之 議会議員 伊藤禎太郎 萩原郁太郎
渡辺兼吉 田中貞雄 永井鉄蔵
落合重七 山本惣平 松浦万寿一
松浦源七 杉山甲子男